九州ええもん見っけ隊
(更新)
深海から引き上げた光と、300年の静寂が交わる夜
九州の"ええもん"は、ただ美味しいだけじゃない。
そこには必ず、土地の風土と、人の知恵と、時間の積み重ねがある。
深海150メートルの闇の中で育ち、陸に上がった瞬間だけ青く光る瞳を持つ魚——宮崎のめひかり。
そして長崎・江迎の地で、元禄元年から300年以上、地の水と地の米と地の人だけを信じて醸され続けてきた純米酒「本陣」。
宮崎と長崎、深海と酒蔵——九州のふたつの"静かな本物"が、はじめて同じ卓に並んだ。
派手さはいらない。旨いものは、いつも静かにそこにある。
土地の風土と、人の知恵と、時間の積み重ねが引き合わせた、必然の出会いがここにある。


箱を開けた瞬間、ラベルに記された「本陣」の二文字に、思わず背筋が伸びた。
長崎県佐世保市・江迎町。平戸藩候の御旅舎として使われた屋敷址の傍らに、その酒蔵はある。潜龍酒造——創業は元禄元年、1688年。300年以上、この地の水と米と人が、ただひたすらに酒を醸してきた。
「地方の小さな蔵だからこそ、あえて季節に沿った酒造りをすることで生まれる旨い酒がある」蔵の言葉は静かだが、その重さは本物だ。
今回手にしたのは「本陣・純米レイホウ」。上立ち香は穏やか。おちょこに鼻を近づけると、米の甘みが、主張しすぎない距離感でそっと香ってくる。
口に含む。
まず感じるのは、なめらかな入り口。次いで、じわりと広がる米本来の旨み。そして、適度な膨らみが口腔を満たし、静かに引いていく。
「より良い米を」と丹精込めて育てた、地元農家の米を100%使用——そう聞いていたからこそ、余計にわかる。この酒の旨みは、どこかで作られたものではなく、江迎の土と人の時間から生まれている。

では、この酒に何を合わせるか。
宮崎県北部の漁港に、毎年夏から秋にかけて水揚げされる深海魚がいる。その名を「めひかり」という。
標準和名はアオメエソ。深さ150~400メートルの深海に生息し、エビやカニ、小魚を食べて育つ。陸に引き上げられた瞬間、その大きな瞳が青緑に光る——だから「目光り」。
かつては深海えびびき網で獲れると雑魚扱いされていた魚だ。しかし、そのやわらかい身と脂ののりは、決して雑魚ではない。地元漁協女性部が料理講習会を精力的に開催し、その美味しさが徐々に一般の方に受け入れられるようになり、今では宮崎県北の郷土料理の素材として、貴重な魚になっている。
雑魚から郷土の宝へ。その転換は、ひとえに「食べさせ続けた」人たちの、静かな執念の賜物だ。
今回の一皿は「めひかりの唐揚げ」。
粉をまとわせて、熱した油へ。揚がったそばから、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。小ぶりな体が、きつね色に輝いている。
一口齧る。
さくっ、と軽やかな衣が割れ、白身がほろりとほどける。淡白なようで、奥に確かな旨みがある。しかも骨が柔らかいから、丸ごと食べられる。頭から尻尾まで、深海の記憶ごと飲み込む感覚だ。

めひかりの唐揚げを一口。
白身の旨みが、口の中に静かに広がる。淡白さの奥にある脂のコクが、じんわりと立ち上ってくる。
そこへ、「本陣・純米レイホウ」をひと口。
——あ、これだ。
穏やかな米の旨みが、めひかりの白身とぴたりと重なる。お互いが主張し合うのではなく、寄り添うように溶け合っていく。酒の膨らみが、魚の旨みを包み込み、じんわりと余韻を引き伸ばす。
派手な化学反応ではない。だが確かに、一皿と一杯が「一緒にある」ことで、それぞれが単独でいる時より、もう一段深みを増している。
食べては飲み、飲んでは食べる。そのリズムが、自然と心地よい。

長崎の江迎の水と、宮崎の深海の魚。地図の上では、別々の場所にある。
だが一皿と一杯になった瞬間、その距離は消えた。
300年以上、この国の端で酒を醸してきた蔵元の仕事と、深海から雑魚として引き上げられながら、地元の女たちの手で郷土料理に育て上げられた魚と。
どちらも、派手ではない。静かで、誠実で、時間をかけて本物になったものだ。
そういう"ええもん"同士は、出会うべくして出会う。
今回の酒 「本陣 純米レイホウ」
潜龍酒造株式会社
所在地:長崎県佐世保市江迎町長坂209番地
電話:0956-65-2209
創業:元禄元年(1688年)
ホームページ:https://www.senryuu.jp
今回の食材 「宮崎メヒカリ(アオメエソ)の唐揚げ」
旬:7~8月
主な水揚げ漁港:北浦漁協・延岡市漁協(宮崎県北部)
プライドフィッシュ認定食材
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。